人形の恋







羽ペンの羽根に、秋風が纏わりついた。
 
窓の外には、賑やかな街の雰囲気が感じられた。
空は高くからりと晴れ渡り、申し訳程度の薄い雲が浮かんでいる。
窓の木格子を映しながら、柔らかい日差しが差し込んでいるのがわかる。
この位置からは見えなかったが、きっと外では道行く人々が互いに明るく声を掛け合い、
幸せな秋の昼下がりを楽しんでいることだろう。
 
彼女は窓辺に腰かけて、家々の間を飛び回る鳥たちを見ていた。
数羽が伴って飛び、建物の隙間の空に可愛らしい影を作っている。
自由に風を切る翼が羨ましい。
一羽が彼女の居る窓辺に来て、彼女に囁きかけた。
黒いクリクリした瞳に、彼女の穏やかな笑顔が映っている。
 
彼女も歌って返したかったが、それも叶わない。
ただただ微笑む彼女を見て小鳥は首をかしげ、再び羽を広げた。
彼女は淋しそうにそれを見つめていた。
 
「小鳥かい?」
 
彼女の傍で椅子に掛ける男性が口を開いた。
 
「百舌かな。もうすっかり秋めいてきたね。」
 
彼は彼女に笑いかけた。彼女も薄らと桃色を乗せた口元に笑みを浮かべている。
男性が木製の窓枠に手を掛け、開け放つ。
同時に、黄葉でも舞い込みそうな風が、ふわりと彼女の髪を靡かせた。
街道のカフェの店先で供しているのか、香ばしいバタークレープの焼ける香りと、カフェオレの甘い香りが混じる。
 
彼女は、ふぅとため息をつきたいような気分だった。
華やかな街の香の、なんと魅力的なことだろう。
こんな素敵な日はきっと幸せな恋人たちが街道を踊るように歩いている。
それなのに自分は、愛するこの青年に、ただ静かに微笑みかけることしかできないのだ。
 
空を自由に渡る鳥の翼までは望まない。
しかし、彼に思いを告げる声だけでも……
 
 
……
 
  
 
 
そこまで書くと、男性はペンを置いた。
古ぼけた羽根が降ろされ、インクが珠になる。
彼はそっと席を立ち、開いていたノートにしおりを挟んで閉じた。
 
そして自身の作った美しい彼女の元に行くと、その白く滑らかな頬に手を伸ばす。
 
人形のガラスの瞳には、淋しげに笑う人形師の男が映っていた。







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人形の恋

恋をしていたのは、人形ではなく人形師の男の方。
人形自身にココロがあるのかはわからない。
彼女の思いは、男のペンによって綴られたモノ。
男は話していても、「彼女」は最後まで話さず、ずっと作られた時のまま微笑み続けるだけ。





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2009.1.01 仮想と妄想の狭間。クロ.. c






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