早い黄昏





 

「久し振りだな、 。」
「や、久し振り。」
 
まだ昼を少し過ぎた頃だと言うのに、改札は人もまばら。
柱に寄りかかって人待ちをする数人以外には、ほとんど利用客も見受けられない。
空にはうっすらと薄い雲がかかり、肌寒い木枯らしが砂を撒いていた。
首を上下にさせて、よく肥えた鳩が唯一ある露店の前を歩いている。
 
そんななんでもない風景、人待ちの中の一人が、改札から出てきたばかりの人物を呼び止める。
久し振りだと笑って声を掛けたのは、どんぐり目の小柄な青年だった。
この季節にはそぐわない薄いパーカーを羽織って、指には鍵の幾つも付いたリングを引掛けている。
 
彼は合図に軽く手を振り、改札に近づいていった。
と呼ばれた方も大きな荷物を抱えながら手を振り返し、にっと笑顔を作ってみせる。
二人は互いに歩み寄ると、再会を喜ぶように拳を軽くぶつけ合った。
 
「最後に会ってから、どれ位になる?」
が目を細めて言った。
目に被りそうな前髪を鬱陶しそうに手で払いのけて、そのまま耳に掛ける仕草をする。
 
「もう三年くらいだと思う。」
パーカーの彼は、ずいぶんと昔のことを思い出すような素振りで首を傾げた。
「時間って早いな。」
髪を手で押さえながら、 が言った。
ふっと目を遠くに向け、降り立ったばかりの町の景色を確認する。
視線を上に向ける時に少し顎を上げる癖は、まだ治らない。
 
さして栄えているわけでは無い、かと言って田舎過ぎるわけでは無い、穏やかな町並みだった。
古ぼったいような、新しいような、年の知れないビル達が相も変わらず建っている。
道行く人々はゆったりとした歩みで、 はふっと懐かしさに駆られた。
すっかり埃を被っていた、懐かしい記憶が思い出される。
 
高校時代、幾度となく通った改札。歩いた道。
駅前のロータリーを抜ければ、向こう側にはコンビニが二件。
学校帰りによくアイスや肉まんを買い食いし、漫画雑誌を立ち読みした。
路地に入れば飲み屋ばかりで、おしゃれなカフェなんて殆どない。
カラオケやボーリング、映画館に行くには電車に一駅乗らなければならない、そんなつまらない町。
現在 の暮らす場所からは、到底考えられない生活だった。
そういえば、この街でこう改めて彼と会うのは、初めてかもしれない。
 
ふっと回想を止めて、 は目の前の懐かしい顔に目を戻す。
「そりゃあ も老けるわけだ。」
悪戯っぽくいう に、オトナになったんだよ、と彼が言い返した。
語調を荒げながらも、 も楽しそうだった。
 
「大人、か。」
はぼそりと呟いた。
ほんの一瞬だけ、淋しそうに眼を伏せる。
視線を下げたせいで、黒い瞳には鍵束が映った。
しかしすぐにぱっと明るく笑うと、 の頭をわしっと掴んだ。
自身は、再び前髪を軽く払う。
 
「行こうか!いつまでもここに居るのは、さすがに寒いな。」
「おう、続きは車でゆっくりな!」
の言葉に、 が元気よく返した。
車を近くの駐車場に置いてあるという彼は、キーリングを持った方で向こうを指差す。
は頷き、すっと踵を返した の後についていく。
 
ロングコートを翻し、 は再び少し淋しそうに笑う。
そして、前を行く彼の背中に一言だけ投げかける。
「変わったな。」
「そうか?そうでもないぞ。」
振り返らず、なんでもないように は答えた。
 
「お前は変わらないな。」
鍵束が音を立て、彼は車に向かう。
 
髪を弄ぶ土臭い風が、かつての記憶を運んでくる。
変わったさ、と心の中だけで呟き、少し自嘲気味な気分になった。
どんどん歩いてゆく を見ながら、 は彼への特別な感情を思い出す。
 
「オトナ」になってしまった彼には、もう伝える事は出来ないだろう。
 
は湧き上がる想いを忘れようと首を振る。彼の傍で笑う為に




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早い黄昏

登場人物の片方は男性ですが、もう一人の方は男性とも女性とも決めてありません。
には彼・彼女等性別を特定する言葉は使ってません。
男性同士だったならば、 は同性の への思いを伝えられずに飲み込む青年。
男女だったならば… はかつて に想いを寄せられて居たが付き合わず、
現在は逆に に想いを寄せている。しかし、 には他に大切な人が出来ていた、
というようなすれ違いとかを考えていました。


基本的に貴方の想像にお任せします!




 

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2009.01.06 仮想と妄想の狭間。クロ.. c

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