狂科学者の造った世界 -1-


 
ある時、ある処に、一人の男がいた。
その男は天才と称された。世は彼を祭り上げ持て囃し、彼の能力を求めた。
また、その男もその優秀な頭脳と高い技術をもって、理想を追い求めた。

しかし、理想は常に一定とは限らない。
世が望む物と、彼が望むモノは次第に離れていった。

そうして、いつしか、彼を表すコトバは天才ではなくなっていた。
 
 
 
 

彼は、何を求めていたのだろう。








 
その機械は、カプセルの中で目を覚ました。
目を覚ました、と言ったが、実際にはもっと以前から眼を覚ましていたのかもしれない。
彼の瞼はずっと前から開かれ、彼の瞳は様々なものを映していた。
しかし、目を覚ました彼が、自身が目を覚ましているということを知ったのは、その瞬間だった。

彼は、自分が何のために目を覚ましたのか知らなかった。
そこには彼に語りかける者はいなかった。
彼は明るさを知らなかったが、自分のいる場所が薄暗いという事はわかった。

身体を動かすと、それに反応して彼と外の世界を隔てるカプセルが開いた。
計器類がチカチカと光を放っていた。
しかし、そこには彼以外に意志を持って動くものはなかった。
台座から起き上がる。
手をついた場所は金属で冷たかった。
足をつけると、そこに温度は感じなかった。

立ち上がる。
歩き出す。

彼は何も知らなかった。
しかし、誰に教えられるまでもなく、一歩一歩地を踏みしめることが出来た。
その手を、その足を、その身体を動かす事が出来た。

「マスター」

声を出す事が出来た。

しかし、彼の呼びかけにこたえる者は、居ない。






ある時、ある処に、一人の男がいた。
その男は天才と称された。世は彼を祭り上げ持て囃し、彼の能力を求めた。
また、その男もその優秀な頭脳と高い技術をもって、理想を追い求めた。

しかし、理想は常に一定とは限らない。
世が望む物と、彼が望むモノは次第に離れていった。

そうして、いつしか、彼を表すコトバは天才ではなくなっていた。

彼には愛する家族がいた。
そして、彼には愛するモノがあった。
彼は彼の理想を追い、彼の愛するモノを求め続けた。

彼は幸せだった。

しかし、いつしか彼の愛する家族は、彼の元を去っていった。
何も顧みない彼の元を。

彼はさらに研究に没頭した。
彼には、彼の愛する「ひとつ」しかなくなったのだから。


彼は、いつまでも独り、彼の求めるモノを追った。

そうして、彼は一つの機械を作った。

正確には、ひとつではない。
幾百、幾千、の機械を作り、最後にそのひとつを作った。

彼は彼の創ったすべてを愛していた。
そして、その最後の一つにも愛を注いだ。

しかし、彼に残された時間は、彼を、彼の愛するモノを愛する事を許さなかった。

彼は、最後の一つを完成させる前に、その手を止めることとなった。







その機械は、壁に映し出された光の前で、ただ、立ち続けていた。
そこに映るのは、彼を愛してやまなかった一人の狂科学者の想いだった。

彼の、自分の歴史だった。

その機械は、何も感じることができなかった。

しかし、その光に手を伸ばして、微笑んだ。


「博士。私はあなたに作っていただいたことを誇りに思います。」





ありがとうございます





彼の言葉は、彼の知るもののなかで一番暖かかった。




狂科学者は何を求めたのだろうか。
彼は、何を得たのだろう。





 



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狂科学者の造った世界

日記ログより、「狂科学者の造った世界」。

狂科学者と呼ばれた「ある男」が最後に遺したロボット。



 

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2008.10.06 仮想と妄想の狭間。クロ.. c

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