狂科学者の造った世界 -2-


 
人間と機械が雑じり合う世界。
人々は、彼らのパートナーとしてロボットを選んだ。
日々の生活から産業に至るまで、あらゆる場所にロボットが配置され人間の暮らしを支えていた。

しかし、明るく便利な世界の影には、その裏で快適を開発するものが必ずあった。









 
「なんて薄気味の悪いっ。」
彼女は、そう吐き捨てた。
その姿に似つかわしくない言葉は、がらんどうになった室内で木霊した。

煌々と明かりが灯り、部屋に置かれた彼女の「大嫌いなもの」を照らしていた。
壁に並ぶのは、人間型の機械の元、ヒューマノイドの素体。
表情もなく、さながら人体模型か骨標本のように立つそれらは、これから感情を入力されるというのに、いやになるほど無機質で冷たかった。

白衣を身に纏い、黒くしなやかな髪を一つにまとめ、彼女は足早に部屋を抜ける。
ヒールが床をこつこつと鳴らし、彼女の存在をその空間にくっきりと描き出した。

彼女はこの研究所の職員の一人だった。
そして、おそらく「今」この時点で研究所内にいる唯一の人間であった。
 
 
この施設は強盗の襲撃に遭っていた。
強盗とは言っても、一般的な銃や刃物を突きつけて金品を要求するような類ではなく、もっとバイオレンスな手段でモノを強奪しようとしているようだった。
強盗は施設を破壊し、ここにある機密を狙っているらしい。少なくとも、電子媒体の情報が欲しいのではないのだろうと考えられた。
もし情報のみの所望なら、もっとスマートな方法をとるだろうからだ。
 
現に今もさほど遠くない場所から爆音が聞こえ、建物全体を通して不規則的な揺れが伝わっていた。
機密さえ手に入れれば、もしかしたら研究所全体を破壊してしまうつもりなのかもしれない。
そうすれば、彼らが狙う機密が新たにこの場所で作られることはなくなる。そうでなくともそれを用いた研究が滞り、その機密が価値を高めることとなる。
それが強盗たちにとっては好都合となるのだろう。
 
幸か不幸か、研究所の人間はすでにその殆どが避難済みだった。
突然大音量で警報が鳴りだし、警備ロボットが圧倒的な力によって破壊され、恐怖心を煽るには十分すぎる爆音が響いたのだから当然だろう。
強盗が派手なパフォーマンスで人除けを行ったのかとさえ思えた。
このおかげで、職員は我が身かわいさに波をなして建物の外へ外へと急いだのだった。もちろん、機密の情報を持って、だが。
 
しかし、彼女だけはその波に逆らうようにして建物の深部へと向かった。
こんな異常事態にも関わらず、彼女は職員たちがあきらめたモノ―彼女たちの研究の中途成果である機密の本体を取りに向かったのだ。
 
 
彼女は人の掃けた所内を歩きながら、自嘲気味に自身の行動の意味を考えていた。
襲撃に人々がざわめいた時、彼女は反射的にここに向かおうと思った。
バックアップや情報があるとはいえ、形ある成果を放棄することは、それまでに費やしてきた時間や費用が水泡に帰すことをあらわす。
だが彼女の行動は、そんな使命感や、研究が悪用されるかもしれないという正義感からのみによるものではなかった。
 
工学の世界は、女性に優しい世界ではなかった。
男尊女卑が当たり前で、どこに行ってもほとんど「職場の華」以外の役割など求められない。
研究成果など期待されるわけもなく、女性は研究職に向かないと囁かれた。
事実、高名な女性工学者などは彼女の知る限り、いや、そうでなくともほぼいないと言っていい。
 
そんな中で、一人の研究者として認められたかったのだ、と彼女は自身の行動に解答を出した。
自身の研究を何よりも優先し、それを守ることで自分が工学者だということを証明したかったのかもしれない。
 
 
思いを巡らせているうちに、彼女は目的の場所の前まで来ていた。
IDカードによる認証を必要とする扉が、その部屋を堅く守っていた。
まだ賊の手に落ちていないということが見て取れる。
 
 
彼女は少しの安堵感とともに、胸につけた名札の裏からカードを取り出した。
手のひらに収まるほどのそれは、この施設の研究員として個別に識別番号を与えられ造られた大切なものだ。
ほんの十数グラム程度だったか、それは鉛のような重みとなって彼女にのしかかる。
銀色にきらめくカードは、かつての彼女が並々ならない努力の末にやっと手にした自己の証明だった。
 
やや中性的な、しかし白く長い指が長方形を絡め、リーダーに通そうとした時だった。
 
 
「まだこんな処に残ってるとは、驚きだな。」
 
 
彼女の背後で、突然声がした。
一瞬だけ、彼女の思考が停止する。
周囲の気配には気を配っているはずだっただけに、その驚きは当然とも言えた。
彼女は心臓の止まるような思いで、恐る恐る振り返る。
何かの崩れるような音と地響きは、まださほど近くないところにあるはずである。
視界の端に自身の髪がちらちらと鬱陶しかったが、そんなことを気にしているだけの余裕さえなかった。
 
出来れば、この声が自分の勘違いであって欲しいと思った。
自身の恐怖心から聞こえた幻聴であってほしいと。
しかし、そんな都合のいい事など有るはずもない。
声の先には、必ずその声の主がいる。
彼女が振り返った先には、一体のヒューマノイドが立っていた。
 
見たことのないロボットだった。
彼女はぐっと唇を噛んだ。どうやら強盗は、一人や二人ではなかったのだ。
未だに建物の振動とひどい音は収まることを知らない。
どう考えても、彼女の目の前にいる一体は強盗の一味だった。
 
彼―男性型のヒューマノイドは、悔しそうに眉をひそめながら扉を背に立つ女性を見て、にやりと下卑た笑いを浮かべた。
腕先に直接接続されている砲口を女性に向け、彼はひたと彼女を見据えていた。
先ほど通った部屋に並んだ、ヒューマノイドのベースのどれとも型が違う襲撃者を彼女は睨み付けた。



 



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狂科学者の造った世界

日記ログより、「狂科学者の造った世界」のその2。
続き物ではなく、毎回1〜数話程度のSSにしていきたいと思います。



 

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2008.10.17 仮想と妄想の狭間。クロ.. c

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