窓辺の


 

「胸をね、患ったのよ。」

彼女はゆっくりと、自分の言葉を確認する様に言った。
広めに切り取られた窓からは秋の夕陽が差し込み、未だ灯りの点けられない部屋をぼんやりと照らしていた。
二階にあるこの部屋からは、葉のほとんどを落とした雑木林しか見る事が出来なかった。
変り映えのしない景色は、毎日見るには少々退屈かもしれない。

白を基調とした部屋の中。
ベッドと箪笥、小さな床頭台が置かれ、カーテンで仕切られたこの空間だけが彼女の場所だった。
壁には楷書の習字に、簡単な折り紙。季節の花を描いた小さなカレンダー。
床頭台の上で元気を失くしかけた生け花。
それが、ここでの彼女の「すべて」だった。
窓際に置かれた車いすに腰掛ける女性は、橙色を背に受けてゆっくり口を開く。

「だから、子供は諦めたの。」

それまで伏せていた目を遠くに向けながら続けた。

「本当は、あなた位の孫がいてもいいのにね。」

そう言うと、彼女は不自由な身体を精いっぱい乗り出し、車椅子の前で膝立ちをする実習生の手を取った。
そうして女性は、淋しそうな笑みを口元に浮かべる。彼女の手は、ひんやりと冷たかった。
節張った指も、幾つものたこが出来た手も、少しでも力を入れれば折れてしまいそうに細く、儚く感じられた。

ふと、重ねられた手に水滴が落ちた。
傾きかけの陽が、それを朱色に染め上げる。


リノリウムの床に、二人分の長く深い影だけが映っていた。



 



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窓辺の

老人ホームにて。
医療者は、常に誰かの人生に寄り添う。時にはその人の人生を背負う。
薬の一包、針の一本、メスの一刀、言葉の一欠片が誰かの人生を変えることがあるから。
それは、医者も看護婦も、介護士も、療法士も、心理士も、みんな同じらしい。

たとえ、半人前以下だろうと。

というお話。



 

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2008.11.13 仮想と妄想の狭間。クロ.. c

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