相想草















「煙草なんて吸うのね。」 

 
曇り空の下、ビルの屋上。 
彼女の髪を遊ぶ風はひやりと冷たい。 
灼け付く様だった夏は去り、今は冬にむかっている。 
ここから見える街路樹は、すっかりその葉を赤や黄色に染めていた。 

 
ちらと視線を移すと、そこにはヒューマノイドの青年がいる。 

 
彼は安全柵にもたれかかり、今まさに白い細筒に火を点けようとしていた。 
安っぽいライターの小さな灯が、ぽっと灯る。 
 

「まぁな。」 
気のない返事。 

 
 
「つくづく『らしく』ないわね。」 
細い煙を目で追いながら、呆れたように呟く。 
ヒューマノイドらしい、人間らしい、という区別を嫌う彼女がこんな物言いをするときは、 
決まってつまらないと思っている時だ。 
飄々を装ってはいるが、喫煙を快く思っていないようだった。 

 
「一本いるか?」 
彼女の言葉の真意を知りながら、フラッシュはにやりと口角を上げる。 
もとより気を遣うつもりはないらしい。 

 
「いらない。美味しいなんて思えないわ。」 

 
「試さずに否定するなんて格好悪いぜ?」 

 
そう言ってフラッシュは、咥えていた煙草を差し出した。 
先ほど火を点けたばかりのものだ。 

 
はあからさまに嫌な顔をしたが、想像のみの否定は確かに大人げないと思ったらしい。 
しぶしぶというふうにそれを受け取ると、彼がそうしていたように口にくわえた。 
 

肺に入れないよう、浅く吸い込む。 
途端に、口の中に煙が充満した。 
 

苦い、独特の味が口の中に広がる。 

 
やはりおいしくない、そう思い、はすぐに煙を吐き出した。 
そして、恨めしそうにフラッシュをにらみつける。 

 
「やっぱり美味しくないじゃない。」 
語気を強める。 
試すまでもなかった、と文句を言うが、フラッシュは取り合わない。 

 
彼は先ほどと何も変わらず、「わるかったな。」とだけ言った。 
そして、彼女の指の間から煙草をすっと引き抜く。 

 
「病み付きになるっていうぜ?」 

 
「人間のソレは中毒っていうのよ。」 

 
「そうかもな。」 

 
適当に相槌を打ち、フラッシュは煙草とは反対の手で彼女の腕をぐっと引き寄せた。 
文句を言いたげな口を、柔らかく塞ぐ。 
 

一瞬の後、彼はそっと唇を話した。 

 
 
「相想草。 
 一度喫うと忘れられなくなるから、そう呼ぶんだとよ。」 

 
うっすらリップの色がついた煙草を、フラッシュは咥え直した。 


 

 
 
 





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相想草
吸いつけ煙草と言って、自分が口にくわえて点けた煙管を渡すのは、遊女が男に好意を伝えるのにもつかわれた。
煙草はロマンチックな謂れが多いです。





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2012.11.13 仮想と妄想の狭間。クロ.. c






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